安心立命 

奇跡講座の実践と気づきについて

進撃の巨人 マーレ編(24巻〜26巻)

私の好きな沢山人の死ぬ漫画は、

 

ズバリ『進撃の巨人』(諫山創講談社)です。

 

自我の思考体系から、

 

レヴューしてみたいと思います。

 

22巻では衝撃の真相が明らかにされました、

 

仲間の裏切り、

 

裏切り者達との死闘、

 

仲間の死、

 

命の選択、

 

そして何より敵である巨人が人間であり、

 

他国より島の人々を滅ぼすため、

 

送り込まれたということ。

 

そして送り込まれたのは、

 

マーレで迫害を受ける、

 

島に住む人達と同じ人種(エルディア人)、

 

結局は人同士の殺し合いだったのです。

 

自我的には感無量、

 

最高のクライマックスでした。

 

そして舞台は切り替わり、

 

23巻からはマーレ編に突入しました。

 

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ライナーは思わぬ場所で、

 

エレンと再会する。

 

その時死んだベルトルトの言葉を思い出す。

 

「僕は・・・なぜかこう思うんだ、あのおじさんは・・・誰かに、裁いて欲しかったんじゃないかな」

 

裁かれたい、裁かれたい、

 

罪から生じる罪悪感、

 

ベルトルトの罪悪感も、

 

感じさせるセリフですね

 

自我的にはたまらん!

 

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そしてライナーもまた、

 

エレンを前に懇願する。

 

「もう・・・嫌なんだ自分が・・・、俺を・・・殺してくれ・・・もう・・・消えたい・・・」

 

これです、これです、

 

自我と同一化したとき、

 

苦しくて、嫌で、死にたくなる、

 

消えたいのです。

 

進撃の巨人では、何度も罪悪感が吐露されるシーンがあります。

 

罪、罪悪感、恐れ、そこから導き出される解決策の実行が描かれます。

 

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エレンは決意する、

 

「多分・・・生まれた時からこうなんだ、オレは進み続ける、 敵を駆逐するまで」

 

「世界の平和を願い!!」というセリフとの、

 

コントラストが素晴らしい!

 

そう、敵を駆逐するまで、

 

世界の平和など訪れない、

 

自我はそう思っています。

 

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攻撃には反撃せねば、

 

自分が消えてしまう。

 

だがそれでも仲間の死を目の前にして、

 

アルミンは思ってしまう、

 

「もしかしたら、別の道があったんじゃないかって・・・」

 

自我を選択しながらも、

 

誰もが心の奥底では、

 

聖霊という別の選択があることを知っている。

 

以上自我を直視しながら、

 

進撃の巨人の魅力について語ってみましたが。

 

狂ってますね。

 

今まではこの漫画のストーリーを、

 

自分には関係ないものとして、

 

なぜ楽しいのか、

 

なぜ求めるのか、

 

分からずに読んでいましたが、

 

私のストーリーそのものでした。

 

これからは自我を見つめる手段として、

 

漫画を読むことを再開したいと思います。

 

狂っているのですが、

 

罪、罪悪感、恐れを体験したいと、

 

自分で望んでいるのです。

 

まだ読みたいのです。

 

それは自我を選択することをやめたくないという、

 

私の解離した自己概念の現れなんでしょうね。