安心立命 

奇跡講座の実践と気づきについて

コースという真理学

真理に心理をかけてみました。

 

コースとは原因としての心の働きを明らかにした、

 

真理学と言っていいものだと感じます。

 

この一元的形而上学と、主にフロイト及びその学派の人々による洞察を土台とした高度な心理学とを統合させている

【質問】No.4 『奇跡講座』のユニークさについて

 

その中で重要な概念が、特別性です。

 

赦そうとして、最初に直面するのは、自分の中に深く深く根付いている特別性という現実です。特別性というのは、「自己中心的な考え方や態度」と言い換えることもできます。

思考の逆転 P62より

 

私のこの自己中心的な考え方や態度で、

 

人を傷つけてしまうという出来事がありました。

 

人の気持ちがわからない、

 

お前はなんて傲慢な人間なんだと、

 

言われました。

 

私もその意見に同意します。

 

なぜそれを改善しないのかと、

 

言われますが、

 

私の中に深く深く根づく、

 

自己中心的な考え方や態度を改めることは、

 

時間がかかります。

 

なぜならそれをずっとやりながら、

 

生きてきたのです。

 

そして特別性とこの世界で感じる苦しみは、

 

同じものだということも、

 

コースを通して、

 

ようやく理解できるようになってきました。

 

このコースは愛の意味を教えることを目指してはいない。それは教えることのできる範囲を超えているからである。

しかし、愛の現存を自覚できなくしている障壁を取り去ることは、たしかに目指している。

奇跡講座 序文より

 

愛の現存を自覚できなくしている障壁が、

 

特別性です、

 

この障壁を取り去ることを、

 

私は目指しています。

 

間違った決断の結果なんだなぁ

朝は忙しい、

 

目覚めのの不快感の中、

 

お弁当作り、

 

出勤の準備、

 

ゴミ捨て、

 

ふとしたことでイライラしてしまう。

 

今日もそうだった。

 

寝不足でイライラ、

 

色んな問題が目につく、

 

怒りが込み上げてくる。

 

しかしふとトイレで、

 

これは「私の間違った決断の結果なんだなぁ」と、

 

ふと思い至った。

 

問題を見つけて、

 

被害者面をしていたが、

 

私の決断の結果だったのだと、

 

それをすぐ聖霊に明け渡す。

 

そうしたら駅まで歩く間に、

 

怒りがみるみる消えていくのを感じた。

 

しかし列車に乗ると、

 

座れない、

 

しんどいといった、

 

新たな不満が出てきた、

 

ラクティス!

 

ラクティス!

 

ワプニックさんの言葉を思い出す。

 

第33期竜王戦 第1局

竜王戦は2日制の対局となっており、

 

第1局は9日の午前9時に対局開始し、

 

10日16時12分に52手で、

 

豊島竜王が勝ちました。

 

私は対局開始からそわそわして、

 

なんかずっと落ち着かない感じでした。

 

羽生さんに自己を投影して、

 

一手ごとに一喜一憂。

 

側からみたら馬鹿みたいなんですが、

 

やめられない自分がいます。

 

そもそも羽生さんを応援する理由も、

 

特別でありたいという自我の願望を、

 

投影しているのだと感じます。

 

羽生善治という棋士は、

 

前人未踏の永世7冠を達成した、

 

将棋界の第一人者です。

 

藤井聡太二冠を筆頭に、

 

若手が台頭してきましたが、

 

まだまだ最前線で戦い続けて欲しい、

 

ずっと特別な存在でいて欲しい、

 

そんな風に思っています。

 

自我にはそういう性質があるんでしょうね、

 

国や、家族や、外側の色々なものに自己を同一化させて、

 

我がことのように泣いたり笑ったり、

 

これを私はもう辞めたいと思っています。

 

この二日間はそのことを念頭に起きながら、

 

自己の葛藤見つめました、

 

羽生さんが負けて、

 

少し心苦しいのですが、

 

実は「私は自分で考えている理由だ動揺しているのではありません。」

 

この間違った決断の結果を、

 

聖霊に取り消してもらうことを選択します。

 

第2局は10月22・23日です。

 

次回も自我とがっぷりと四つに組んで、

 

己の葛藤を直視したいと思います。

 

 

 

 

 

第33期 竜王戦開幕

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私は将棋が好きです。

 

贔屓の棋士羽生善治さん、

 

その羽生さんが挑戦者となる、

 

第33期竜王戦が本日開幕となります。

 

先日痛烈に感じたのですが、

 

将棋は勝負の世界で、

 

羽生さんが勝てば嬉しいし、

 

負ければ苦しいという、

 

私の自我の投影先です。

 

こんな葛藤もう嫌だ、

 

見るのはもうやめよう(否認)

 

と思ったのですが、

 

そもそも将棋はニュートラルなのに、

 

それを善悪で解釈しているのは、

 

私自身の選択です。

 

ですので今回はこの竜王戦を教室として、

 

私の中の自我の力動を徹底的に観察したい

 

と思っています。

 

竜王戦Ameba TVで無料中継されていますので、

 

興味のある方はご覧ください。

 

2020年9月を振り返って

手帳に毎日どんな出来事に動揺したのか、

 

記録しています。

 

また一日の動揺の程度を、

 

弱いものから下記のように分類しています。

 

風→強風→絶望→闇

 

9月以降は手帳の記録を見ながら、

 

1ヶ月を振り返り、

 

その時の心持ちを記録したいと思います。

 

8月は不妊治療の移植中止で闇が数日続き、

 

非常に苦しかったです。

 

9月に二度目の移植中止がありましたが、

 

動揺は以前よりは少なかったです。

 

明らかに過去に比べて動揺することが減り、

 

平安を感じる時間が増えているように感じます。

 

出来事としては、

 

家族の体調不良とそれにともなう衝突が、

 

心に戻るための動揺の、

 

主なきっかけになっています。

 

私の体調不良も多いように感じました、

 

胃腸の調子がいまいちで休んだり、

 

自律神経の乱れも感じました。

 

下旬に置いては歌や場所を通じて、

 

過去の自分を癒すような体験も多かったです。

 

奇跡講座の学びとしては、

 

少しずつですが確実に葛藤から平安へシフトしていっているように感じます。

 

またそれにともない、コースの勉強、家事や運動に取り組む時間が増えたり、

 

仕事の効率が上がっている気がします。

 

今気になる奇跡講座のトピックは「特別な関係」、

 

個人を超えて、他者との関係性に実践がシフトしてきています。

オルフェンズ

歌は昔の記憶を呼び覚ましてくれます。

 

それが何かのテーマソングだったりすると、

 

それを観ていた時の記憶が鮮明に蘇ります。

 

その昔「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」というアニメがありました、

 

私はガンダムシリーズが好きで、

 

大抵見てるんですが、

 

この作品は今までのガンダムとは異質な作品でした。

 

キャッチコピーは「いのちの糧は、戦場にある。」

 

言うなればガンダム+ヤクザ映画、

 

そのテーマソングだったのがUruの 『フリージア』です。

 

当時もよく涙が出てきたのですが、

 

久しぶりに聞くとまた涙がでてきました。

 

そして当時は分からなかったことが、

 

わかってきました。

 

オルフェンズ(orphans)とは「孤児たち」という意味の英単語です。

 

私は自分のことを、

 

神から捨てられた孤児(みなしご)だと思っています。

 

当時この作品の描く残虐な世界と、

 

その世界を変える力(暴力)に魅了されていました。

 

孤児達は絶望し人から奪うことで、

 

幸せになれるのだと思いました。

 

そして利害を共有するもの達で、

 

組織を作り他の組織との抗争を始めます。

 

奪い続けなければ奪われるからです。

 

私はそれを仕方がないと感じながら、

 

こんなはずではなかったと、

 

涙が出るのです。

 

しかし今はわかります。

 

私は孤児などではないと、

 

心の中の神の記憶が語りかけます。

 

漂う宇宙(そら)のどこか遠く

祈り通ずる惑星(ほし)があるとしたら

僕らはそこへ向かうだろうか

そして何を祈るのだろう

果たせなかった約束や

犠牲になった高潔の光

残る物など何もないとしても

今は信じた道をただ進め

 

最低の夢

この世界は地獄、

 

ゆえにそんなものにしがみつくのはやめなさいと、イエスは言う。

 

この世界は狂っている、

 

苦しい、苦しい

 

殺したい、殺したい、殺したい

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ、

 

思い通りにしたい

 

私は自分で考えているような理由で動揺しているのではない。

 

幸せになれるって信じつづけていたい。

 

苦しい、苦しい、苦しい

 

この世界が嘘だなんて信じたくない。

 

この世界で幸せになれるって信じつづけていたい。

 

子どもが、お金が、仕事が、家が、健康が、家族が、あれば幸せになれるはず。

 

そしてこの世界で努力すれば、それは手に入るはず。

 

私はそうやってこの世界で苦しみ続けていたいのです。

 

そう信じていたいです。

 

それが嘘だなんて、受け入れたくありません。

 

そのため自分が動揺していることについて人や運命や自分を責め続け、私の怒りは正当化されていると信じつづけています。

 

苦しみという代償を払い続けながらも、

 

私にはそれを止めることができません、

 

どうか聖霊よ、この間違った決断を取り消してください。